はじめに
労使協定(たとえば36協定など)を締結する際、「労働者の過半数を代表する者(過半数代表者)」を選出する必要があります。しかし、この代表者が適切な方法で選ばれていない場合、協定自体が無効とされるリスクがあることをご存じでしょうか。今回は、過半数代表者の正しい選出方法と、選出ミスが企業にもたらすリスクを実務目線で解説します。

過半数代表者とは?誰でもなれる?要件のおさらい
過半数代表者の選出には、以下の要件を満たす必要があります。
管理監督者でないこと
労働条件の決定など、労務管理において経営者と一体的な立場にある者を指します。部長や工場長といった役職名だけでなく、実態に基づいて判断されます。例えば、次のような基準に該当するような場合は、管理監督者に当たる可能性が濃厚であるため、労働者の過半数代表者に選出するのは避けるのが適当です。
- 労働時間の裁量が大きい(始業・終業が自由、出退勤が自由など)
- 報酬面で他の労働者よりも大いに優遇されている
- 人事権や評価権があるなど
民主的な選出手続きで選出されていること
投票・挙手・話し合い・回覧など、過半数の労働者の意思が明確に反映される方法であること。メールやチャット、アンケートツールも活用可能ですが、返信をしていない労働者が必ずしも「無回答=賛成」とは判断できないため、返信を催促することが必要です。
※Googleフォームなど、匿名・複数回答ができてしまう設定には要注意です。
使用者(会社)からの指名がないこと
使用者が「○○さんにして」と指名するような場合、選出方法が適切ではないため、無効とされる可能性があります。選出はあくまで労働者の自発的意思に基づいて、挙手・投票などの民主的な手続を経ることが必要です。
すべての労働者が選出に関われること
正社員だけでなく、パート・アルバイト等も含めたすべての労働者が対象です。また、選出は事業場単位で行うのが原則ですが、小規模な出張所などは、近隣の本社等とまとめて選出するケースもあります。なお、『労働者の過半数代表』の『労働者』には、育児休業者など休職している者も、労働者に含まれます。そのため、メールなどで連絡を取り付けるなどの手段を講じるようにしておきましょう。
参考リンク:厚生労働省|過半数代表の選出について(派遣業向けだが汎用的)
正しい選出手続の実務例

実務の選出フロー例
- 協定の目的を明らかにして(例:36協定の締結)候補者を募る
- 候補者が立候補 or 推薦される
- 過半数の信任があることを確認
- 選出結果を全従業員に周知
- 協定内容を説明し、意見を聴取 → 書面対応
- 必要に応じて労基署へ届け出し、全従業員に協定を周知(掲示・イントラネット等)
立候補がいなかった場合は?
候補者が出ない場合は、従業員同士の話し合いで推薦してもらう方法もあります。朝礼や会議で選出する場合は、比較的すぐに立候補者を募ることが容易ですが、メールやチャットの場合、ほんのひと手間が必要です。
- 立候補募集
文例:労働基準法により、「時間外・休日労働に関する協定書」等の締結の際に従業員の過半数の支持を得た「労働者の代表」を選ばなければなりません。立候補いただいた方のうち、全従業員の過半数代表者に選ばれた方には、労使協定書の内容についてその方の意見を聴取して、労使協定書に必要な署名などを行っていただきます。そこで、過半数代表者に立候補したい!してもいい!と思われた方は、本日中にこのメールに返信ください。 - 推薦と信任確認
「すでにご案内いたしましたとおり、労働基準法により、「時間外・休日労働に関する協定書」等の締結の際に従業員の過半数の支持を得た「労働者の代表」を選ばなければなりません。そこで立候補者を募りましたが残念ながら、立候補者がいなかったため、○○課から●●●●さんを推薦します。●●●●さんを過半数代表者になっていただいても良い、信任するとお思いの方は、『信任します』とご返信ください」 - 周知
皆様にご協力いただきまして「時間外・休日労働に関する協定書」等の締結に必要な、従業員代表者として●●●●さんが、賛成過半数で選出されました。これから、会社と●●●●さんが労使協定の内容について対話し、意見を聴取して、署名などの必要な手続きを行い、新たなルールを整備します。すべての手続きが済みましたら、また皆様にご連絡いたします。
誤った選出によるリスク
過半数代表者の選出は手間がかかると感じる経営者の方もいらっしゃるかもしれません。しかし、選出のための正しい手順を踏んでいない場合、せっかく定めた労使協定や就業規則などが無効になってしまうリスクがあります。なかには、使用者が労働者代表を指名して選出していた等により、36協定が無効、つまり違法残業をさせていたと労働基準監督署が判断し、経営者の方が送検されるなどの事態も発生しています(大阪・堺労働基準監督署|㈱ネクスト・プレシャス(大阪府堺市)|令和7年5月1日送検)。
| リスク内容 | 具体例 |
| 協定が無効になる | 36協定が無効扱い → 残業が違法に(例:大阪・堺労基署による送検事案) |
| 労働者の不信感 | 「勝手に決められた」「知らないうちに決まっていた」等の不満が表面化 |
| 労基署からの指摘・是正勧告 | 届出内容の差し戻し・再提出・指導の対象に |
まとめ

- 形式だけで済ませず、法的根拠に基づいた手順で選出を
- 記録(周知文・投票記録・議事録)を残し、監督官庁からの問合せ・調査時の説明に備えて安心
- 特に36協定・就業規則変更・賃金改定等の場面では、代表者の選出手続きから確認を