はじめに
残業代の計算でよくあるミスの一つが、「この手当は割増賃金の計算から外してよいと思っていた」というものです。
給与計算においては、労働基準法で、割増賃金の計算基礎から除外できる賃金が限定されています。 具体的には、下記の手当です。
- 家族手当
- 通勤手当
- 別居手当
- 子女教育手当
- 住宅手当
- 臨時に支払われた賃金
- 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金
覚え方としては、「勝つべし住宅にリーチ」と言われることもあります。
ただし、注意したいのは、手当の名前だけで判断してはいけないという点です。
例えば「住宅手当」という名前であっても、全員に一律で同額を支給しているような場合は、割増賃金の計算基礎から除外できないことがあります。
つまり、残業代などの割増賃金の計算に入れるべきかどうかは、手当の名称ではなく、「何に対して、どのような基準で支払っているのか」という実態で判断する必要があります。
事故になりやすい手当① 一律支給の住宅手当・通勤手当
「住宅手当」「通勤手当」という名前だけで、残業代の計算から外しているケースです。例えば、下記のような場合です。
- 住宅費用に関係なく、全員に月1万円を支給している住宅手当
- 通勤距離や交通手段に関係なく、一律5,000円を支給している通勤手当
このような手当は、実態としては「一律支給の手当」に近く、住宅費や通勤費という実際にかかる費用などの個人的事情に応じて支払われているとは言いにくいため、割増賃金の計算基礎に含めるべきと判断されるケースがあります。
「住宅手当」「通勤手当」という名称ではなく、どのような基準で支払われているかという実態で判断する必要があります。
事故になりやすい手当② 精勤手当・皆勤手当・歩合手当
「毎月変動している手当だから、残業代計算には入れなくてよい」と考えてしまっているケースもあります。 例えば、下記のような手当です。
- 精勤手当
- 皆勤手当
- 歩合手当
- 営業手当
- インセンティブ
しかし、労働基準法では「変動する手当だから除外できる」というルールはありません。
毎月変動していたとしても、労働の対価として支払われているという点からも、割増賃金の計算基礎に含めるという整理になります。
特に歩合給については、通常の残業代計算とは異なる計算方法になるため注意が必要です。
事故になりやすい手当③ 資格手当・役職手当・現場手当
「全員に払っていない手当だから、残業代計算には含めなくてよい」と思われているケースもあります。 例えば、下記のような手当です。
- 資格手当
- 役職手当
- 現場手当
- 技能手当
- 職務手当
しかし、これらは、家族手当や住宅手当のように、扶養人数や住宅費用などの個人的な事情に応じて支払われるものではないことが多く、原則として割増賃金の計算基礎に含める必要があります。
事故になりやすい手当④ 処遇改善加算
処遇改善加算とは、介護や保育、医療など一定の仕事に就く労働者の賃金改善や職場環境の改善を目的として、国から支払われる加算制度です。
事業所は、国から受け取った加算額の「全額」を、職員の賃金改善に充てなければなりませんが、分配方法は事業所によって異なります。賞与などの一時金と毎月定額の手当で分配している会社もあれば、会社が国から補助された金額の変動に合わせて毎月の手当額も変動させて分配している会社もあり、さまざまな方法で従業員に支給されています。
こうした手当について、「国から出ている加算金を従業員に分配しているだけだから、残業代計算には入れなくてよいのではないか」と考えられていることがあります。
しかし、この点、厚生労働省のQ&Aや裁判例では、処遇改善加算を原資とする手当は割増賃金の基礎に含めるべきと判断されています。
間違うと、どうなるか?
手当の扱いを間違えると、単に残業代が少なかったという話では終わりません。 例えば、
- 未払い残業代の遡及支払い
- 労働基準監督署からの是正勧告
- 従業員とのトラブルや信頼低下
- 遅延損害金の発生
- 4月〜6月給与に影響していた場合の算定基礎届の修正
- 処遇改善加算の返戻リスク
など、一つの給与計算ミスが複数の問題に広がることがあります。
給与計算は、「あとで調整すればよい」というものではありません。
特に割増賃金の計算ミスは、過去にさかのぼって精算が必要になることもあり、修正にかなりの手間がかかります。
なぜ、こうした事故が繰り返されるのか?
こうしたミスが起きる背景には、会社のルール不足があります。
1. 就業規則や賃金規程に手当の定義が書かれていない
手当の名前だけ書かれていて、下記の内容が書かれていないケースは少なくありません。
- 何に対して支払う手当なのか
- どのような条件で支払うのか
- 金額をどう決めるのか
この状態だと、経営者と給与計算担当者の認識がずれやすくなります。
2.規程に書かれている残業代の計算式が古い
昔作った賃金規程に、「基本給+○○手当+○○手当を割増賃金の計算に入れる」と書かれているものの、その後新しい手当を追加しているにもかかわらず、規程の計算式を直していないケースがあります。
その結果、本来入れるべき手当を除外したまま、何年も残業代を計算しているという状態が見られます。
3.処遇改善加算など、公的制度と給与計算がつながっていない
処遇改善加算は、どのような基準で配分するか、どの手当で支払うか、どの職員にいくら支払うかなどを、事前に整理し、従業員へ周知し、就業規則に定めることが加算金の制度上でも求められます。
処遇改善加算をどう配分するか、どの手当で支払うかを整理しないまま、あるいは従業員への周知や就業規則への反映が進まないまま、毎月なんとなく支給しているケースであれば、手当の定義も、配分する金額や計算方法なども曖昧になり、結果として給与計算ミスや加算金の返戻につながる可能性があります。
公的制度と自社の制度、給与計算が切り離されたままだと、結果として規程と実態がずれ、給与計算ミスにもつながることになってしまいます。
防ぐために必要なこと
手当に関する給与計算事故を防ぐためには、「規則・制度(加算金等)・計算」の3つを一つの線でつなげることです。
給与計算の事故は、「担当者がミスした」というよりも、会社のルールが曖昧なことによって起きるケースが少なくありません。
毎月なんとなく同じ処理を続けていると、後になって未払い残業代や算定基礎届の修正、処遇改善加算の返戻など、思わぬところまで影響が広がることがあります。
給与計算は、問題が起きてから対応するのではなく、最初にルールを整理しておくことが重要です。
最後に
表面上は問題なく回っているように見えても、例えば、下記のような状態になっている会社は少なくありません。
- 手当の定義が曖昧
- 規則と実態が一致していない
- 規程に書かれている計算式が古い
- 処遇改善加算などの制度と給与計算がつながっていない
給与計算のミスは、単なる事務ミスではなく、数年分の遡及支払いや処遇改善加算の返戻といった、経営を揺るがすリスクに直結します。
給与計算や残業代の問題は、「あとで直せばいい」では済まないことがあります。
特に、手当の扱い、固定残業代、処遇改善加算、社会保険との整合性などが絡む場合は、就業規則・賃金規程・実際の運用が少しずつズレていても、長年気付かないまま続いているケースが少なくありません。
「今の給与計算が本当に合っているか分からない」
「担当者任せになっていて引き継げない」
「規程と実際の運用が一致しているか不安」
という場合は、一度、給与計算の流れや規程の整合性を整理しておくと安心です。