はじめに
労働安全衛生法第3条では、事業主は「快適な職場環境と労働条件の改善を通じて、労働者の安全と健康を確保する」ことが求められています。この法律に基づき、企業は労働者に対して定期的な健康診断を実施する義務を負っています。本記事では、企業が実施すべき健康診断の種類や、それに関連する法令上の要点について詳しくご紹介します。
事業主の義務と罰則
労働安全衛生法第66条によると、事業主は労働者に対して、厚生労働省令で定められた健康診断を行う義務があります。特に、有害な業務に従事する労働者には、さらに詳細な健康診断が求められます。企業がこれを実施しなかった場合、最大で50万円の罰金か科されることとなります(労働安全衛生法120条)。
義務付けられている健康診断の種類
【1】一般健康診断
- 雇入れ時の健康診断
新たに雇い入れる常時使用する労働者に実施
- 定期健康診断
常時使用する労働者に実施(ただし特定業務従事者除く)
- 特定業務従事者の健康診断
特定の危険または有害な業務に従事する労働者
- 海外派遣労働者の健康診断
海外に6ヶ月以上派遣する労働者
- 給食従業員の検便
事業に附属する食堂または炊事場における給食の業務に従事する労働者
【2】有害な業務に常時従事する労働者を対象とする健康診断
法令で定められた有害な業務に従事する労働者については、上記の一般健康診断に加えて、特別の健康診断を実施しなければなりません。
- 特殊健康診断
(例)有機溶剤業務、鉛業務など)に従事する労働者
- じん肺健診
粉じん作業に常時従事する労働者
- 歯科医師による健診
特定の化学物質を扱う業務(例:塩酸、硝酸、硫酸、亜硫酸、弗化水素、黄りん)
健康診断の対象となる労働者
【1】雇入れ時の健康診断、定期健康診断の対象労働者
健康診断は、雇用形態に関わらず、労働時間や雇用期間に基づき「常時使用する労働者」に実施されます。これには正社員だけでなく、一定条件を満たすパートタイマーや契約労働者も含まれ、具体的には次の労働者を指します。
- 正社員
- 無期雇用のパート・アルバイト労働者
パート・アルバイトについては、次の2点のいずれの要件とも満たす場合は「常時使用する労働者」と判断されます。
1.期間の定めがない労働契約で就業
2.週間の労働時間数が、同じ事業場で同様の業務を行う正社員の週所定労働時間数の4分3以上である
- 期間の定めがある労働契約で働く労働者
次の2点のいずれの要件とも満たす場合は「常時使用する労働者」と判断されます。
1.1年以上使用されることが予定されている者、及び更新により1年以上使用されている者。
2.1週間の労働時間数が、同じ事業場で同様の業務を行う正社員の週所定労働時間数の4分3以上であ
- 派遣社員についての実施義務は
雇入れ時の健康診断および定期健康診断については「雇用する事業者」の義務であることから、派遣労働者と雇用関係にある派遣会社が義務として実施すべきことが定められています。一方で、特殊健康診断については、業務内容によって実施対象となる労働者か否かを判断することから、業務の指揮命令を行う派遣先企業が実施することとなります。
【2】雇入れ時・定期健康診断以外の健康診断の対象対象者
それぞれの健康診断に定められた業務に従事する労働者が対象となります。該当する場合、雇入れ時の健康診断や定期健康診断とは別に、それぞれの健康診断に定められた検査を労働者に受診させなければなりません。
- 特定業務従事者の健康診断
高熱物や低熱物等を取扱う業務、深夜業等、その他労働安全規則第13条第1項第2号に掲げる業務に就く労働者 - 海外派遣労働者の健康診断
海外に6ヶ月以上派遣する労働者 - 給食従業員の検便
事業に附属する食堂または炊事場における給食の業務に従事する労働者 - 特殊健康診断
有機溶剤業務、鉛業務、四アルキル鉛等業務、特定化学物質の製造または取扱業務、高圧室内業務または潜水業務、放射線業務、除染等業務、石綿業務 - じん肺健診
常時粉じん作業に従事する業務 - 歯科医師による健診
塩酸、硝酸、硫酸、亜硫酸、弗化水素、黄りんその他歯又はその支持組織に有害な物のガス、蒸気又は粉じんを発散する場所における業務
健康診断の実施時期
健康診断は、雇入れ時および定期的に実施され、労働者が従事する業務内容によって特殊な検査が含まれます。具体的な実施時期と検査内容は、業務の種類によって異なります。
健康診断の種類 | 実施時期 |
---|---|
雇入れ時の健康診断 | 雇入れの際 |
定期健康診断 | 1年以内ごとに1回 |
特定業務従事者の健康診断 | 配置替えの際、6月以内ごとに1回 |
海外派遣労働者の健康診断 | 海外に6月以上派遣する際、帰国後国内業務に就かせる際 |
給食従業員の検便 | 雇入れの際、配置替えの際 |
特殊健康診断 | 原則として、雇入れ時、配置替えの際及び6月以内ごとに1回 |
じん肺 | 原則として、雇入れ時、管理区分に応じて1~3年以内ごとに1回 |
歯科医師による健診 | 原則として、雇入れ時、配置替えの際及び6月以内ごとに1回 |
検査費用の負担
健康診断は自由診療であるため、健康診断の実施機関(病院や健診機関)が個々に検査料金を設定しています。法令で事業主に実施すべきと定められた健康診断にかかるに費用は、事業者が法令で課された義務を履行するために要する費用として、当然に事業者が負担すべきものと解されています。一方で、労働者が希望する追加の検査(がん検診など)の費用は、事業者に実施義務がないため労働者負担とするのが一般的です。
受診時間に対する賃金
健康診断を受けている時間が賃金の対象になるか否かについては、一般健康診断であるか特殊健康診断であるかによって異なります。
一般健康診断は、一般的な健康確保を目的として事業者に実施義務を課したものであり、業務との直接の関連において行われるものではありません。そのため、労働者が健康診断を受けている時間については、必ずしも賃金支払対象とする義務まではありません。ただし、健康診断の受診にかかる時間を賃金の対象外として受診時間分の賃金を減額することに対し、労働者が健康診断の受診を忌避する可能性が考えられます。これに伴い、事業主の健康診断実施義務も果たせなくなる恐れがあるため、円滑な受診を考えれば、賃金対象とするのが望ましいと言えます。
他方で、特殊健康診断は、労働者が法令で定められた有害業務に従事することによる健康への影響を検査するものであり、検査を受ける時間は業務に関連して当然に発生する時間であると捉えられるため賃金の支払対象となります。
健康診断を受診しない従業員への対応
健康診断を労働者に受けさせることは企業の義務ですが、労働者が受診しないことにより企業の義務違反が生ずることを防止する必要があります。就業に際して労働者が遵守すべき事項を定めた就業規則に、労働者の健康診断を受ける義務と、これを受診しなかった場合の処分について定め、懲戒の対象になることがある旨を事前に周知しておくことも有効です。
また、健康診断の受診をしない労働者のなかには、自身で検査機関を選択して都合が良い時間に受診したいと考えている方もいらっしゃいます。そのような場合に備え、労働者が持参した健診結果票を企業に提出する方式も認める制度とすることが考えられます。こうすることで、日時・場所の調整ができ、何らかの事情により健康診断を拒否する従業員がいる場合には、柔軟な対応が可能であることを伝えましょう。
おわりに
企業は、健康診断の結果は、健康診断個人票を作成・保管しなければなりません。それぞれの健康診断によって保存期間だ定められており、一般健康診断については5年間、特殊健康診断については業務の内容によって5年間から40年間の保存期間が定められています。
常時50人以上の労働者を雇用する事業者の場合は、労働者に対して行った健康診断結果を所轄の労働基準監督署に報告する義務があります。定期健康診断の結果等については常時50人以上の労働者を使用する事業者に報告義務を課しており、歯科医による健康診断と特殊健康診断の結果については、企業規模にかからわず全ての事業者が遅滞なく所轄労働基準監督署に報告書を提出しなければなりません。
適切な健康管理は、労働者の福祉を保ち、企業の安定した運営に直結します。事業主としては、これらの義務を遵守し、労働者の健康を守るための取り組みを進めましょう。