はじめに
当月分の社会保険料を翌月支給の給与から控除する企業、当月分の社会保険料を当月支給の給与から控除する企業など、企業によって給与から社会保険料を控除するタイミングは異なりますが、企業の人事担当者や経営者が意外と忘れがちなのが、被保険者に対する通知義務です。
毎年9月分の厚生年金保険・健康保険から、企業が7月に年金事務所へ提出した算定基礎届に基づいて標準報酬月額が変更になることや、2024年10月からの社会保険の適用拡大により被保険者数51人以上の企業で働く短時間労働者の資格取得も行われることもあり、2024年10月~11月には社会保険についての確認と対応が平時より多く発生することが考えられます。今回の記事では、事業主から被保険者への通知義務について解説いたします。
被保険者への通知義務(健保法第49条第1項・厚年法第29条第1項)
事業主は、厚生労働大臣(日本年金機構)から次の決定等の通知があった場合は、その内容を速やかに被保険者または被保険者であった者に通知しなければなりません。この通知義務に対して正当な理由なく通知しなかった場合には、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金が科されます(健保法第208条第2項・厚年法第102条第2項)。社会保険が適用される事業所が、被保険者に通知すべきタイミングは主に下記(1)~(3)となります。
- 被保険者の資格取得または喪失
従業員の入社・退職、被保険者要件を新たに満たすとき・満たさなくなったときなど - 標準報酬月額の決定または改定
毎年7月の算定基礎届による9月分からの標準報酬月額変更、昇給・降給などによる随時改定など - 標準賞与額の決定
従業員に賞与を支払ったとき - 適用事業所以外の事業所が認可を受けて適用事業所となったこと
- 上記4の適用事業所が認可を受けて適用事業所以外の事業所となったこと
- 適用事業所以外の事業所に使用される70歳未満の者が認可を受けて厚生年金保険の被保険者となったこと
- 上記6の被保険者が認可を受けて被保険者の資格を喪失したこと
給与明細に給与から控除する社会保険料が記載されている場合も多いと思いますが、事業主は従業員に対して標準報酬月額・標準賞与額についても漏れなく通知する必要があります。
標準報酬月額・標準賞与額とは
標準報酬月額とは、社会保険料の計算をしやすくするために、被保険者(従業員)が得た給与などのひと月分の報酬を、一定の範囲ごとに区分したものです。協会けんぽの健康保険(介護保険)は第1級5万8千円から第50級139万円までの50等級、厚生年金保険は第1級8万8千円から第32級65万円までの32等級で、区分されています。
また、標準賞与額とは、税引前の賞与総額から千円未満を切り捨てた標準賞与額(健康保険は年度の累計額573万円、厚生年金保険は1ヶ月あたり150万円が上限)です。
標準報酬月額、標準賞与額は社会保険料を計算する基礎であるだけではなく、健康保険や厚生年金の給付金額の計算基礎でもあります。例えば、病気やケガなどの業務外傷病により会社を休んだことで十分な報酬が受けられないときに給付される傷病手当金、産前産後休業のため給与の支払いを受けなかったときに給付される出産手当金の支給日額を計算するときには、標準報酬月額を基に計算します。
傷病手当金・出産手当金:1日あたりの給付額
支給開始日以前の連続した12ヶ月間の各月の標準報酬月額を平均した額 ÷ 30日 × 3分の2
例:標準報酬月額30万円の場合
30万÷30日×3分の2=6,667円
厚生年金(老齢や遺族、障害)の年額は、標準報酬月額・標準賞与額を基礎に計算されます。標準報酬月額・標準賞与額は、保険給付の金額に反映されるため、従業員にとって重要な情報と言えます。そのため、事業主は厚生労働大臣(日本年金機構)から決定等の通知があった場合は、その内容を速やかに被保険者または被保険者であった者に通知することが義務づけられています。
通知の方法は?
事業主が被保険者または被保険者であった者へ通知する際の方法は任意ですが、明確かつ確実に通知することが重要です。日本年金機構のホームページには通知様式の例があり、これを活用することも可能ですが、給与明細の余白欄に併記または給与明細に別紙を同封して配布する等の任意の形式により通知することも認められています。
参考リンク:被保険者への通知|日本年金機構 (nenkin.go.jp)
おわりに
事業主から従業員への社会保険の通知は、保険料負担額を正確に把握し、今後の給与計算に対する理解を深めるためにも非常に重要です。通知を行わないでいると、従業員が突然の控除額の増加に驚き、不信感を抱く可能性もあります。企業の人事労務における適切な情報提供により、安心して働ける環境を労使ともに構築していくことが求められます。