はじめに
例年10月から11月頃にかけて地域別最低賃金が改正され、都道府県ごとに適用される最低賃金額が発表されます。企業は、最低賃金の発効日以降の労働について、改正後の最低賃金額以上となるように賃金を設定し、労働者に支払わなければなりません。
事業主には、改正された最低賃金額以上となる賃金支払いが義務付けられるのとは別に労働者に最低賃金について周知する義務があります(最低賃金法第8条)。
最低賃金が改定される時期になると、金額そのものには注意が向いても、労働者への周知義務まで意識されていないことがあります。この記事では、最低賃金の周知義務の基本と、会社が見落としやすい実務対応について整理します。
最低賃金法で定められた周知事項
最低賃金法では、事業主に対し、最低賃金額などを労働者に周知する義務が定められています。周知すべき事項には、最低賃金額のほか、適用される地域や産業、効力発生日などが含まれます。
周知の方法としては、事業場の見やすい場所への掲示や備え付け、書面交付などが考えられます。
「最低賃金が上がったらしい」という認識だけでは足りず、労働者が確認できる形で周知することが必要です。
最低賃金法第8条
最低賃金の適用を受ける使用者は、厚生労働省令で定めるところにより、当該最低賃金の概要を、常時作業場の見やすい場所に掲示し、又はその他の方法で、労働者に周知させるための措置をとらなければならない。
厚生労働省令では、最低賃金の概要として次の事項を挙げています。
(1)適用を受ける労働者の範囲
地域別最低賃金は、パートタイマー、アルバイト、臨時、嘱託など雇用形態にかかわらず、原則として全ての労働者とその使用者に適用されます。例外として、次の労働者については、使用者が都道府県労働局長の許可をあらかじめ受けることを条件として個別に最低賃金の減額の特例が認められています(最低賃金法第7条)。
最低賃金法第7条:最低賃金の減額の特例
- 精神又は身体の障害により著しく労働能力の低い方
- 試の使用期間中の方
- 基礎的な技能等を内容とする認定職業訓練を受けている方のうち厚生労働省令で定める方
- 軽易な業務に従事する方
- 断続的労働に従事する方
(2)労働者に係る最低賃金額
厚生労働省から発表される地域別最低賃金の額は、時間あたりの賃金額となっています。労働者の給与が、月給、日給、時給、またはこれらの組み合わせにより支払われている場合は、時間あたりの賃金額に換算した額が、最低賃金額以上となっているかを確認しておきましょう。
(3)最低賃金において算入しない賃金
最低賃金を計算する場合には、実際に支払われる賃金から以下の賃金を除外して計算することとなります(最低賃金法第4条第3項)。
- 一月をこえない期間ごとに支払われる賃金以外の賃金で厚生労働省令で定めるもの
- 通常の労働時間又は労働日の賃金以外の賃金で厚生労働省令で定めるもの
- 当該最低賃金において算入しないことを定める賃金
上記1と2は、具体的に次の賃金を指します。
- 臨時に支払われる賃金(結婚手当など)
- 1箇月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)
- 所定労働時間を超える時間の労働に対して支払われる賃金(時間外割増賃金など)
- 所定労働日以外の労働に対して支払われる賃金(休日割増賃金など)
- 午後10時から午前5時までの間の労働に対して支払われる賃金のうち、通常の労働時間の賃金の計算額を超える部分(深夜割増賃金など)
- 精皆勤手当、通勤手当及び家族手当
上記以外に、最低賃金の計算から除外することが定められている場合は、それを周知する必要があります。
(4)効力発生年月日
最低賃金の発効日は、都道府県ごとに定められています。事業主は、効力発生日からの労働に対し、改正された最低賃金額以上となるように賃金を支払わなければなりません。仮に、給与の締切日が毎月20日である場合、9月21日~10月20日が1ヶ月の計算期間になります。10月5日が最低賃金の発効日である場合は、10月5日~10月20日に行われた労働に対しては改正された最低賃金額以上となるよう賃金を支払うことが必要です。
周知しなかった場合のリスク
最低額の周知は、事業場内の職場に掲示したり、社内メールやイントラネットを使って通知したりすることが一般的です。労働者が常時確実に認識できる手段で行うことが重要です。最低賃金法には、使用者が義務として労働者に上記事項を周知することが定められており(最低賃金法第8条)、周知義務違反に対する罰則も定められています。
最低賃金法第41条
次の各号の一に該当する者は、三十万円以下の罰金に処する。
一 第八条の規定に違反した者(地域別最低賃金及び船員に適用される特定最低賃金に係るものに限る。)
二 第二十九条の規定による報告をせず、又は虚偽の報告をした者
三 第三十二条第一項の規定による立入り若しくは検査を拒み、妨げ、若しくは忌避し、又は質問に対して陳述をせず、若しくは虚偽の陳述をした者
企業の人事労務管理をスムーズに進めるためにも、適切な方法により従業員に重要な情報を周知しましょう。
会社が見落としやすい実務対応
最低賃金の改定時には、特に次のような点を確認しておきたいところです。
誰が最低賃金の確認対象になるか
最低賃金は、時給者だけの問題ではありません。
月給制や日給制の従業員についても、時間額に換算して最低賃金を下回っていないか確認が必要です。
最低賃金に算入しない賃金を含めていないか
最低賃金の比較にあたっては、すべての手当をそのまま含めてよいわけではありません。
精皆勤手当、通勤手当、家族手当のほか、時間外・休日・深夜労働に対する割増賃金などは、最低賃金の対象となる賃金から除かれます。
発効日以後の給与計算へ正しく反映されているか
最低賃金の改定は、発効日から適用されます。
そのため、給与の締日が月途中の場合には、旧単価と新単価が同じ月の給与計算に混在することもあります。
周知方法や記録の残し方
掲示や周知を行ったとしても、実際にどのように対応したかが社内で整理されていないと、後で説明しにくくなることがあります。
最低賃金額の確認、周知、給与反映の流れを、できるだけ見える形で残しておくと安心です。
就業規則・賃金規程とのズレにも注意
最低賃金の対応は、毎年の賃金改定にあわせた一時的な確認に見えますが、実際には就業規則や賃金規程、手当設計との整合も関わってきます。例えば、
- 基本給や手当の設計が古いままになっている
- 最低賃金との比較を考えにくい賃金構成になっている
- 毎年の改定時に誰が確認するのかが決まっていない
といった場合、最低賃金改定のたびに同じ確認や修正が必要になりやすくなります。
最低賃金の周知義務は、法令上の義務として押さえておくべきものですが、実務上はそれに加えて、賃金の決め方や運用の仕組みが整っているかも見直しておきたいところです。
まとめ
最低賃金の対応は、単に新しい金額を掲示して終わるものではありません。
- 周知ができているか
- 実際の賃金設定は問題ないか
- 算入しない手当を含めていないか
- 発効日以後の給与計算に正しく反映できているか
- 就業規則や賃金規程とのズレがないか
こうした点まで確認しておくことで、後からの修正や説明負担を減らしやすくなります。
最低賃金の周知義務に加えて、最低賃金の引上げが年収の壁や就業調整、会社の賃金設計にどう影響するかについては、別の記事でも整理しています。あわせてご覧ください。
→ 令和7年の最低賃金改定に関する記事
最低賃金改定に伴う給与計算や労務管理の見直しを進めたい場合は、給与計算代行ページ や 労務顧問ページ もあわせてご覧ください。
