1.はじめに
給与明細は毎月出している。
勤怠システムも入れている。
それでも、給与明細や給与一覧表に、労働時間数や時間外・休日・深夜労働時間数が表示されていない会社は意外とあります。
毎月の給与計算ができていれば、それで十分と思われがちですが、「毎月計算できていること」と「法定帳簿として整っていること」は必ずしも同じではありません。
実務では、給与一覧表はある、給与明細も出している、でも賃金台帳として必要な情報が揃っていない、というケースを見かけることがあります。
特に見落とされやすいのが、労働日数、労働時間数、時間外・休日・深夜労働時間数です。

2.給与明細と賃金台帳は同じではない
給与明細書は、労働基準法上の「賃金台帳」として作成・交付が義務付けられているものではありません。
ただし、給与明細書の交付がまったく不要という意味ではありません。給与等を支払う場合には、所得税法により、給与等の金額その他必要な事項を記載した支払明細書を交付する必要があります。
また、健康保険料・厚生年金保険料を報酬や賞与から控除した場合には、各法令に基づき、保険料の控除に関する計算書を作成し、その控除額を被保険者に通知する必要があります。雇用保険料を賃金から控除する場合も、計算書を作成し、控除額を知らせる必要があります。
さらに、賃金を口座振込等で支払う場合には、厚生労働省の通達により、所定の賃金支払日に、賃金の種類ごとの金額、控除額、口座振込額などを記載した「賃金の支払に関する計算書」を交付することとされています。そのため、実務上は、これらの支払明細書・控除額の通知・賃金の支払に関する計算書を兼ねるものとして、給与明細書を交付することが一般的です。
給与明細書の記載内容が賃金台帳に必要な事項をすべて備えており、会社で賃金台帳として保存・確認できる状態になっている場合には、給与明細書の控えを賃金台帳として取り扱える場合もあります。ただ、実際の給与明細書には、
- 支払った金額
- 控除した金額
- 差引支給額
程度しか記載されておらず、労働日数や労働時間数、時間外・休日・深夜労働時間数までは記載されていないことが少なくありません。
また、日数や時間数が記載されている場合でも、賃金台帳として必要な記載事項がすべて備わっている給与明細書は多くないように思われます。
そのため、給与明細書を交付しているから大丈夫、と考えるのではなく、賃金台帳は賃金台帳として、必要な記載事項を備えた形で別に作成・保存しておく方が実務上は理にかなっているといえます。
3.賃金台帳には、何が書かれていないといけないのか
「賃金台帳」とは、労働者の賃金計算や賃金支払いの基となる帳簿のことです。給与一覧表や給与明細とは異なります。
労働基準法では、使用者は各事業場ごとに賃金台帳を調製し、賃金計算の基礎となる事項や賃金の額など、厚生労働省令で定める事項を、賃金を支払う都度、遅滞なく記入しなければならないとされています(労働基準法第108条)。
賃金台帳には、主に次の事項を労働者ごとに記載する必要があります(労働基準法施行規則第54条第1項)。
- 氏名
- 性別
- 賃金計算期間
- 労働日数
- 労働時間数
- 時間外労働時間数
- 休日労働時間数
- 深夜労働時間数
- 基本給、手当その他賃金の種類ごとの額
- 賃金の一部を控除した場合は、その額
つまり、賃金台帳は「毎月いくら払ったか」を並べるだけの表ではなく、どのような根拠でその賃金を支払ったのかを確認できる帳簿でもあります。
賃金台帳が作成されていない、必要事項が記載されていない、または故意に事実と異なる労働時間数を記入しているような場合には、法定帳簿として不十分となるだけでなく、罰則の対象となる可能性があります(労働基準法第120条第1号:30万円以下の罰金)。
4.システムを入れていても安心できない理由
最近は、給与ソフトや勤怠システムを使って賃金台帳や給与明細をデータで管理している会社も多く見られます。
ただ、システムを導入していること自体が、そのまま労働基準法上の要件を満たしていることを意味するわけではありません。
行政通達では、賃金台帳をデータで保存すること自体は認められていますが、そのためには、少なくとも次のような点を満たしていることが必要とされています(平成7年3月10日基収94号)。
- データ上で、賃金台帳として必要な記載事項が備わっていること
- 事業場ごとに、賃金台帳を画面に表示したり印字したりできる状態にあること
- 労働基準監督官の臨検時などに、必要な事項を直ちに確認でき、写しを提出できる状態にあること
- 誤って消去されず、必要な期間保存できる状態にあること
つまり、単にデータで保存していればよいということではなく、必要な記載事項が揃っていて、すぐに見せられ、印刷でき、必要な期間保存できる状態になっていることが求められます。
実務では、
- 勤怠データはある
- 給与明細もシステムから出している
- でも、賃金台帳として必要な項目が揃った帳票をすぐに出せない
というケースも見られます。
たとえば、画面上では時間数を確認できても、賃金台帳として出力すると労働時間数や時間外・休日・深夜労働時間数が載っていない、あるいは事業場単位で必要な帳票をすぐに印字できない、といった状態です。
このような場合、毎月の給与計算自体は回っていたとしても、労働基準監督署の臨検時などに直ちに閲覧・提出できる賃金台帳としては不十分となることがあります。
システムを入れているから安心、ではなく、
「必要な記載事項が揃っているか」
「必要なときにすぐ表示・印刷できるか」
「必要な期間、確実に保存できるか」
まで確認しておくことが大切です。

5.賃金台帳が整っていないと、後で何に困るのか
賃金台帳に必要な情報が揃っていないと、法定帳簿として不十分というだけでなく、後になって労働時間や残業代の確認、従業員への説明、労基署対応、助成金申請など、さまざまな場面で困ることがあります。
残業代や時間管理の確認がしにくい
時間数が見えない、内訳が分からない状態では、
- 残業代が正しく計算されているか
- 労働時間の把握と給与計算が一致しているか
を確認しにくくなります。
従業員への説明がしにくい
給与明細や社内資料から時間数や計算根拠が確認しにくいと、従業員にとっては
- 何時間働いたのか
- 何時間分の残業代が付いているのか
- 深夜や休日の扱いがどうなっているのか
が見えにくくなります。
その結果、賃金額が「本当に合っているのか」という疑念を持たれやすくなります。
労基署対応で困る
労働基準監督署の臨検時などに、労働時間や賃金の根拠確認を求められたとき、賃金台帳として必要な情報が不足していると説明しにくくなります。
助成金申請の場面で整備不足が出る
助成金申請の場面では、今ある給与資料や勤怠出力で、申請時に必要な確認資料として十分とは限りません。
必要な項目が揃っていない場合、帳票や運用の整備から見直しが必要になることがあります。
結局やり直しになる
「毎月計算できているから大丈夫」と思っていても、後になって
- 記録の出し直し
- 帳票設定の見直し
- 給与計算の再確認
が必要になることがあります。
土台となる帳票が整っていないと、結局そこからやり直すことになりやすいのです。
6.おわりに
給与明細に金額が出ていることと、賃金台帳として必要な情報が揃っていることは同じではありません。特に、次のような点は確認しておきたいところです。
- 給与明細や給与一覧表、賃金台帳で、労働日数や労働時間数を確認できるか
- 時間外・休日・深夜労働時間数が確認できるか
- 勤怠システムや給与ソフトの出力設定が足りているか
- 今ある給与一覧表や帳票が、賃金台帳として必要な内容を満たしているか
毎月の計算が回っているから大丈夫、ではなく、透明性・納得性・コンプライアンスの面からも、土台となる帳票が整っているかを見直してみてもよいかもしれません。
給与明細・勤怠出力・賃金台帳のつながりを整理したい場合は、給与計算代行ページ もあわせてご覧ください。また、勤怠システムの出力設定や運用を見直したい場合は、 勤怠IT化支援ページ もご覧ください。