はじめに
近年、「スキマバイト」という働き方が改めて注目を集めているようです。スキマバイトとは、短時間や空いた時間にできる単発の仕事のことであり、主婦や学生、フリーランサーなどが利用していることが多い雇用スタイルです。雇用する側からすると、急遽または臨時的に事業所内の仕事量が増えるときに、必要な労働力を確保できる柔軟な雇用である一方、労働法に基づいた労務管理に見落しが生じることによりトラブルになる事例も見られます。
そこで、今回の記事では、企業の人事労務担当者や経営者、個人事業主の皆様をはじめとする労働者を雇用する側の立場にある方々が、労働者の募集・雇入れに際し、労働法を守りつつ安心して労働力を活用するために特に気をつけたいポイントについて記載します。
募集・採用における労務管理上の注意点
労働者を募集するときや、雇い入れるときには、以下のポイントを押さえておくことが重要です。以下は、スキマバイトを募集し採用して仕事をしてもらうときにも、同様に適用されるルールですので再確認しましょう。
1.募集時
(1)報酬や労働時間の明確な提示
労働者を募集する際には、労働者が職業を選択しやすくするために、使用者には、一定の労働条件を明示することが義務付けられています(職業安定法第5条の3第1項)。具体的には、次の労働条件を記載した書面を交付するか、または応募者が希望した場合には電子メールなどの方法により明示する必要があります。
- 業務内容
- 労働契約の期間
- 試用期間
- 就業の場所
- 始業・就業の時刻
- 所定労働時間を超える労働の有無
- 休憩時間
- 休日
- 賃金
- 加入保険(健康保険、厚生年金、労災保険、雇用保険の適用)
- 雇用しようとする者の氏名または名称
- 派遣労働者として雇用する場合はその旨
- 就業の場所における受動喫煙を防止するための措置
※令和6年4月からは、改正職業安定法施行規則改正により、上記A~Mに加えて、下記事項を明示する必要があります。
・従事すべき業務の変更の範囲
・就業場所の変更の範囲 ・有期労働契約を更新する場合の基準 (通算契約期間または更新回数の上限を含む)
(2)労働者に確認しておきたい事項
スキマバイトのように労働者に単発で業務に就かせる場合のみならず、労働者を募集するときには、応募者に行わせる予定の業務内容に関して注意を要する事項があります。
- 経験、資格の確認
業務のなかには一定の資格保持者でなければ行わせることができないものもあります。そのような場合には、業務を行わせて良いかを確認するために、あらかじめ資格証の提示を求めましょう。 - 本業についての確認
本業がある応募者の場合は、本業の業務内容についても確認しましょう。特に同業他社である場合や、業務内容が同じである場合には注意を要します。そのような場合には、業務上の情報漏えいが生じないよう確認と管理を徹底しておくことや、業務時間に制限がないかを確認して自社で働かせることができるかを判断しましょう。本業の業務状況によっては、業務終了後から一定時間空けた後でないと同業務を行わせることができないことや、本業と副業・兼業により雇用することで過重労働となる場合には労働時間に制限があることもありますので、本業内容についてもよく確認しておきましょう。
2.雇入れ時
(1)労働条件明示
募集時点で不特定の応募者に明示した労働条件とは別に、雇入れ時には、採用を決定した労働者に適用する労働条件を明示しなければなりません。この際、労働者が希望すれば、FAXや電子メール、SNS等で明示するのでも構わないこととなっています。
【 書面の交付により明示しなければらならない事項 】
- 労働契約の期間に関する事項
- 就業の場所及び従業すべき業務に関する事項
- 始業・終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時点転換に関する事項
- 賃金(退職手当及び臨時に支払われる賃金等を除く。)の決定、計算及び支払いの方法、賃金の締切り及び支払の時期
- 退職に関する事項(解雇の事由を含む)
【 書面の交付により明示しなければらならない事項 】
- 昇給に関する事項
- 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、
退職手当の決定、計算及び支払方法、退職手当の支払い時期 - 臨時に支払われる賃金(退職手当を除く)、
賞与及びこれらに準ずる賃金、最低賃金額に関する事項 - 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
- 安全及び衛生に関する事項
- 職業訓練に関する事項
- 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
- 表彰及び制裁に関する事項
- 休職に関する事項
労働契約締結時には、上記の事項を、雇用形態に関わらず自社の労働者となる方全員に対して明示しなければなりません。過去記事に掲載した内容と重複しますが、令和6年4月からは、上記の明示事項のほかに、次の事項を明示することが必要になります。
<令和6年4月改正:労働条件明示ルールの変更により追加される事項>
・就業場所・業務の変更の範囲
・更新上限( 通算契約期間または更新回数の上限) の有無と内容
・無期転換申込機会、無期転換後の労働条件
(2)安全衛生や労災への備え
労働者を雇い入れたときは、遅滞なく、次の事項について、教育を行なわなければならないことになっています(安衛法第59条)。新規で雇用された労働者は、職場や作業に不慣れであり、作業や職場内に潜む危険に対して予知することが難しいことが考えられます。
そのため、仕事の内容やリスクについて労働者に十分な説明と教育を行い、安全意識を高めて労働災害が発生しないよう、職場の危険を理解し自ら回避できるように教育することが義務として求められています。具体的には、雇入れ時には、以下の8項目をについて教育することが必要です(労衛則第35条)。
- 機械等、原材料等の危険性又は有害性及びこれらの取扱い方法に関すること。
- 安全装置、有害物抑制装置又は保護具の性能及びこれらの取扱い方法に関すること。
- 作業手順に関すること。
- 作業開始時の点検に関すること。
- 当該業務に関して発生するおそれのある疾病の原因及び予防に関すること。
- 整理、整頓及び清潔の保持に関すること。
- 事故時等における応急措置及び退避に関すること。
- 前各号に掲げるものの他、当該業務に関する安全又は衛生のために必要な事項。
なお、事務仕事が中心となる業種などについては(A)~(D)は省略しても良いこととなっています。 また、職種を問わず、万が一甚大な災害が発生した場合に備え、報告手順を確認し、家族等の緊急連絡先を聴取しておくとともに、医療機関の情報を提供しておくことも欠かさず行いましょう。
3.雇入れ後の労務管理
(1)労働時間の記録
労働時間を客観的に確認できるよう、タイムカードなどにより始業・終業時刻を記録することが求められます。労働時間といえるのかどうかについてトラブルが生じやすいものには、次の事項がありますので再確認しておきましょう。
- 更衣時間
自宅から制服や作業服に着替えたうえで出勤することが可能な状態であり、それを許可されている場合には、労働時間ではないと解釈されています。ただし、単発で仕事を行うスキマバイトでは、出勤時に制服や作業服を貸与され、事業所内にある更衣室で着替えたうえで業務を行うことが多いようです。この場合の更衣時間は労働時間といえますので労働時間としてカウントすることが必要です。 - 教育にかかる時間
労働時間とは、使用者の指揮命令下にある時間をいいますので、前述の雇入れ時の安全衛生教育を行うのにかかる時間や、業務の行い方について研修したうえで作業に入らせる場合の研修時間も労働時間となります。 - 正確な記録
法令上で認められている労働時間の端数処理として、1ヶ月の労働時間について30分に満たない時間を切捨て、30分以上の時間を1時間に切り上げる処理はあります。しかし、1日の労働時間を15分や30分といった一定の時間単位で区切って記録し、15分や30分に満たない時間を切捨てて労働時間を集計する事例があるようです。所定労働時間を超えて労働者を働かせるとき、一定の時間単位に満たない時間数を切り上げる処理までも使用者の義務とされているわけではありませんが、少なくとも労働時間は分単位で記録し、時間数に対応する賃金を支払うことが法令上求められます。
(2)法定の労働時間や休憩時間の厳守
法定労働時間や休憩時間については、過去記事『』にてご紹介した内容と重複しますが、本業と副業・兼業により複数企業に雇用されて働く労働者を働かせる時間の長さには労働基準法上で一定の規制があります。本業先と副業・兼業先の労働時間を通算する点に留意しましょう。
(3)労働基準法で規定された代表的な4帳簿の作成保管
労働基準法では労働者を雇用する事業者に対して、労働者名簿や賃金台帳、出勤簿、年次有給休暇取得管理簿を法定帳簿として整備し、保存することを義務付けています。これは、雇用形態や雇用期間によらず、雇用主が法令上の義務として行う必要がある労務管理ですので、漏れなく行うようにしましょう。また、いずれの帳簿も3年間保存しておかなければなりません。帳簿を作成・保管していない場合や必要な記載事項が記載されていない場合などの違反がある場合には、罰則が適用されることがありますので注意しましょう。
対応策
労働法違反やトラブルを未然に防ぐために、自社に最適な改善策を検討しておきましょう。例えば下記のような事項が考えられます。
- 応募者・労働者へのヒアリングと説明
前述のように、自社で働いてもらうにあたり資格などの要件を満たしているかや、他社での勤務がある場合にはその内容を把握し、労働法上の制限が無いかを確認することが重要です。そのため、あらかじめ自社の業務に即して把握することが必要な事項には何があるかをまとめ、留意すべき事項があれば応募者や労働者に説明できるように準備しておきましょう。 - 雇用契約書の明確な作成
バイト募集時・雇入れ時に行わなければならない事項について、再確認する。使用者側が、急遽労働力を必要となる事態への対処としてスキマバイトを活用する可能性がある場合には、即座に労働条件の明示や教育を行えるよう、実施事項をまとめておく。 - 自社の労務管理状況の定期的なチェック
労働時間や給与支払が法令基準を満たして行われ、労働者名簿とともに適正に記録されているか定期的にチェックしましょう。労働災害が発生し保険給付を申請するときには一定の資料の提出が求められます。また、行政調査の際にも確認される事項ですので、経営者の皆さまは、自社の労務担当者が適切に業務を行えているかの確認の意味を込めて、定期的に労務管理業務の内容を確認しておくことをおすすめします。
おわりに
スキマバイトなどの柔軟な働き方は、使用者にとっては必要な時に労働力を獲得でき、労働者からすると自身の空いた時間を使って効率よく収入を得られる点で魅力的ですが、正確で適切な雇用管理が欠かせません。使用者としては、法令順守と従業員の福祉を同時に考えることが、持続可能な雇用関係を築く鍵となります。
労働者の募集や雇入れ時の労働条件明示ルールは、令和6年4月から改正が行われます。法改正への対応進捗や、自社の労務管理が適切に行われているかについての再確認を行い、対応に不足やご不安がある場合には、エスマイル社会保険労務士事務所が丁寧にサポートいたしますので、お気軽にご相談下さい。
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