はじめに
近年、働く世代にとって「不妊治療と仕事の両立」は切実な課題となっています。しかし、厚生労働省の調査(令和5年度)によると、仕事と治療の両立ができずに離職したり、雇用形態を変更したりした経験のある方は約4割にものぼります。
せっかく育てた優秀な人材が、ライフステージの変化によって突然職場を去ってしまう――。これは企業にとって、単なる欠員以上の大きな損失です。
本記事では、従業員が治療を諦めず、かつ企業も生産性を維持するために必要な「柔軟な働き方の制度」について、実務的な視点から解説します。

「制度がある」企業は、まだわずか26%
仕事と不妊治療の両立支援に取り組んでいる企業は、全体で見れば約26%。多くの職場では、まだ会社としての具体的な取り組みは存在していないのが投稿日現在の傾向です。
厚生労働省の統計によると、制度がない職場では、従業員は「会社に迷惑をかけるくらいなら…」と、一人で悩んだ末に誰にも相談せずに退職することを選んでしまうこともあることがわかります。 一方で、企業側が「不妊治療をしている従業員を把握していない」最大の理由は、実は「要望が表面化していないから(26.4%)」というデータもあります。
これは裏を返せば、「うちには対象者がいないから制度は不要だ」と考えるのではなく、「制度がないから、対象者が声を上げられずに辞めていく」というリスクにも目を向けて適切な制度設計に取り組むことが、他社との大きな「差別化」になるということでもあります。
「使いやすい」制度設計の具体策
不妊治療と仕事の両立を阻む最大の壁は、治療特有の「スケジュールの不透明さ」にあります。
厚生労働省の調査(図34)によると、両立を断念した理由のトップは「待ち時間など通院にかかる時間が読めない、医師から告げられた通院日に外せない仕事が入るなど、仕事の日程調整が難しいため(49.3%)」となっています。また、「精神面での負担(44.8%)」や「体調・体力面での負担(40.3%)」も大きな要因です。

これらの課題は、従来の「1日単位の欠勤や有給休暇」だけではカバーしきれません。従業員は「急に休みをいただく申し訳なさ」という心理的負担を抱え、企業側は「直前のスケジュール変更」による業務の停滞に悩まされることになります。
このミスマッチを解消し、離職を防ぐためには、「治療の特性に合わせた柔軟な制度設計」が不可欠です。
「使いやすい」制度設計の具体策
多くの企業が導入し、実際に効果を上げている取り組みとして、以下の5つの選択肢が挙げられます。
- 時間単位年休
労使協定を締結することなどの手続きを取ることで、労働者に付与された年次有給休暇のうち1年につき5日間以内の範囲で、1時間単位の年次有給休暇を取得できるようになります。不妊治療の通院などで短時間の休暇が必要なときに、時間単位年休制度が労働者にとって大きな助けとなります。 - テレワーク
在宅勤務やリモートワークを可能とする制度で、通院のための移動時間を節約できるほか、体調が優れない時でも働き続けられる選択肢を提供します。治療の負担を軽減しつつ、労働者の生産性を保つことが可能です。 - フレックスタイム制度
労働者が自身の勤務時間を柔軟に設定できる制度です。通院や治療のために、出勤時間を遅らせたり、早めたりすることが可能になります。これにより、労働者は自身の業務に対応できる時間帯を調節し、私生活のスケジュールに合わせて柔軟な働き方ができるようになります。 - 特別休暇制度
治療に必要な時間を確保することを目的とした不妊治療のための休暇制度です。この休暇は、年次有給休暇とは別に設定されており、不妊治療に限らず私傷病休暇として1年に数日間を付与する企業もあります。 - 失効年休の積立制度
時効で消滅してしまう有給休暇を、治療や病気療養のために積み立てておける制度です。企業にとっても追加のコストを抑えつつ、手厚い支援を打ち出すことができます。
ただし、こうした柔軟な働き方を導入する際には、既存の就業規則との整合性を保ち、利用条件や業務への影響を考慮した明確なルールを定めておくことが不可欠です。
まとめ:「実効性」のあるルール作りを
少子高齢化に伴う労働力不足が深刻化する中、不妊治療という個別の事情を抱える従業員をいかにサポートし、そのパフォーマンスを維持できるかは、企業の持続可能性に直結します。
制度を「作っただけで終わらせない」ためには、現場が無理なく運用できる規程作りと、プライバシーに配慮した風土づくりが欠かせません。エスマイル社会保険労務士事務所では、こうした新しい働き方への対応を、日々の労務相談を通じて伴走しながらサポートしております。
また、そもそも自社の環境が制度を使いやすい状態にあるかを客観的に把握したい場合には、労務診断なども組織改善の有効な一歩となります。
誰もが安心して働き続けられる環境を整えることは、今や人材確保において最大の差別化要因です。制度の細かな運用ルールや、自社の実情に合わせた環境整備に少しでも不安を感じられた際は、どうぞお気軽に当事務所までご相談ください。