はじめに
前回投稿の記事では、企業が毎年行う社会保険の算定基礎届や、従業員の給与額や給与制度の変更に伴って届出が必要になる報酬月額変更届において、間違いが発生しやすいポイントとその対応について解説しました。
今回の記事では、前回に引き続き社会保険の間違いやすいポイントとして【報酬月額変更届の届出が必要になるケース】について解説いたします。
報酬月額変更届とは
社会保険料は、各従業員の給与水準をもとに標準報酬月額が定められています。標準報酬月額は、社会保険の被保険者資格を取得したときや、企業が年に1回行う算定基礎届などによって定められるもので、企業には、報酬額に応じた保険料負担を保つために適正に届け出ることが求められています。
算定基礎届は、毎年4月・5月・6月払いの給与をもとに当年7月1日~7月10日の間に行うものですが、当該期間以外に、昇給・降給や給与制度の変更、従業員の働き方の変更などに伴い賃金額が大幅に変更されると、実際の賃金額と標準報酬月額との間に差が生じることになります。この差を解消し、社会保険料の見直しを行うために企業が行う届出を、報酬月額変更届といいます。
具体的には、次の要件をすべて満たす場合には、報酬月額変更届を行うことが必要になります。
- 昇給または降給などにより固定的賃金に変動があった
- 変動月からの3カ月間に支給された報酬の平均額に該当する標準報酬月額と、これまでの標準報酬月額との間に2等級以上の差が生じている
- 3カ月とも支払基礎日数が17日以上ある(特定適用事業所に勤務する短時間労働者は11日)
上記の3要件をすべて満たすと、変動月から数えて4ヶ月目から報酬月額が変更となるため、企業は、報酬月額変更届の手続きを行わなければなりません。
【例】Aさん(給与額240,000円)に、資格手当40,000円/月が9月(10月払い)から支払われることになり、給与額が280,000円に上昇。10月~12月は各月とも給与支払いの基礎日数が17日以上(欠勤なし)であり、給与額は各月280,000円。
(1)固定的賃金の変動に該当
資格手当の支給により毎月の給与額が280,000円に増額
(2)2等級以上の差に該当
(10月払28万+11月払28万+12月払28万)÷3=28万>24万
(3)3ヶ月とも支払い基礎日数が17日以上に該当
3要件を満たすため、変動月(10月)から数えて4ヶ月目である1月から標準報酬月額が280,000円に変更となり、それに伴い保険料も変更される。
固定的賃金の変動とは
固定的賃金とは、勤務時間の多寡や業績・成果などに関係なく支給される金額や支給割合が決まっている賃金のことをいいますが、その変動には次のような意味が含まれています。
- 昇給、降給
- 給与体系の変更(日給から月給への変更等)
- 日給や時間給の基礎単価の変更
- 請負給、歩合給等の単価、歩合率の変更
- 住宅手当、役付手当等の固定的な手当の追加、支給額の変更
時給や月給の変更が固定的賃金の変更のわかりやすい例ですが、報酬月額の変更はこれに限られません。必要な手続きを見落としてしまわないよう具体的に確認しておきましょう。
(1)働き方の変更に伴う報酬月額変更
(例)基 本 給 :1H 2,000円 → 2,000円(変更なし)
契約時間 :1日 8時間 → 6.5時間(変更あり)
所定労働日数: 20日 → 20日(変更なし)
➡ 1日8時間の契約から6.5時間への変更は、固定的賃金の変動に該当します。
そのため、随時改定の要件をすべて満たす場合は、報酬月額変更届を行うことが必要となります。
(2)固定残業代の廃止や新設に伴う報酬月額変更
固定残業代は雇用契約などで『時間外労働10時間分。時間外労働が10時間を超える場合は、別途割増賃金を支払う』などの記載があり、この場合の実際に行った残業時間数が10時間に満たない場合でも、雇用契約に記載された固定残業代が支払われることとなります。このように、固定残業代は、勤務時間に関わらず毎月一定の額が支払われるものであり、固定的賃金として取り扱われます。そのため、固定残業手当の支給額を変更した場合は、随時改定の対象となります。
他方で、実際に残業した時間分のみ支払う残業代である場合は、非固定的賃金と判断されます。そのため、固定的賃金の変動がなく、残業手当等の非固定的賃金のみの変動で3ヶ月平均の標準報酬月額の差が2等級以上生じた場合、報酬月額変更の対象とはなりません。
(3)歩合給の新設とその随時改定の取扱い
手当の新設は賃金体系の変更にあたります。非固定的賃金が新設された場合に随時改定の対象になるかどうかは、新設した時期と手当の支払時期・金額により判断することになります。
例えば、歩合給(非固定的賃金)が新設された初月の業務成果が、歩合給の支給基準を満たさなかったために支給額0円であった場合でも、新設された月を起算月として3か月間に一度でも非固定的賃金の支払いがあれば、随時改定の対象となります。しかし、3か月間非固定的賃金の支給実績がなければ、随時改定の対象とはなりません。
<例1>
<例2>
つまり、給与体系の変更月(新設した月)に、非固定的賃金(ここでは歩合給)が実際に支給されたかどうかではなく、新設した月から3ヶ月の間に非固定的賃金の支払いがあり、随時改定の要件をすべて満たす場合には、随時改定の届出が必要となります。
おわりに
社会保険手続きにおける正確な知識と注意が求められるポイントは数多く存在します。今回の記事では、報酬月額変更の対象性を判断する時の『固定的賃金の変動』に該当する場合について見落しがちなポイントを解説いたしました。ご不明点や具体的なケースでのご相談がある場合は、当事務所までお気軽にお問合せ下さい。