はじめに
労働保険や社会保険では、食事や住居など現物で支給される利益について、賃金や報酬として算入するルールがあります。
社会保険では、食事や住宅について、厚生労働大臣が都道府県ごとに定めた価額をもとに金銭に換算して保険料算定の対象とします。もっとも、本人負担がある場合の取扱いは一律ではなく、食事・住宅・労働保険・社会保険で考え方が異なります。たとえば、社会保険では食事について本人負担が一定以上ある場合は報酬に算入しない取扱いがありますが、住宅は本人負担分を差し引いて評価します。
このように、現物給与の取扱いは制度ごとに違いがありますので、今回の記事ではその違いについてご説明いたします。
※本記事は公開時点の取扱いを前提にした内容です。現物給与価額や住宅の評価方法は後年改定されることがあります。
労働保険における現物給与
労働保険では、通貨で支払われる賃金だけでなく、住宅や食事など、現物で供与される利益についても、一定の場合には賃金として取り扱われます。
ただし、福利厚生として行っているものがすべて直ちに労働保険料の対象になるわけではなく、何を、どのような条件で、どの程度労働者が負担しているかによって取扱いが変わります。
(1)住居が現物給与として労働保険の対象になる場合
住居については、たとえば次のような場合に、労働保険上の現物給与として問題になります。
- 社宅や寮などの住居施設が供与されている場合
- 住居の利益を受ける者との均衡を失しない定額住宅手当が一律に支給されている場合
- 労働者が負担する金額が実際費用の3分の1を下回っている場合
このうち、労働者が一定額を負担している場合には、その負担額の多寡によって取扱いが変わります。
労働者が負担する額が実際費用の3分の1を下回るときは、
実際費用の3分の1に相当する額 − 徴収金額 で計算した差額部分が、賃金として労働保険料の対象になります。
つまり、「一部を本人負担にしているから対象外」とは限らず、会社がどの程度費用を負担しているかまで見て判断する必要があります。
(2)食事の提供が現物給与として労働保険の対象になる場合
食事についても、一定の場合には現物給与として扱われます。
まず、住込の労働者に対し、常態として1日2食以上の食事が提供されている場合は、現物給与として取り扱われます。これ以外の場合でも、次の3つをすべて満たす場合に限って、福利厚生として取り扱われ、現物給与としない扱いとなります。
- 給食によって賃金の減額がないこと
- 労働協約や就業規則等に定められた労働条件として明確な内容になっていないこと(※1)
- 給食による客観的評価額が社会通念上僅少なものと認められること(※2)
※1: 労働者に食事を供与することが明示・明記していないこと
※2:評価額が1食200円などのように一般的な1食の価格よりも著しく低い場合など
社会保険における現物給与 ➊ 住宅(社宅や寮など)の貸与
社会保険では、社宅や寮などの住宅を従業員に貸与している場合、その住宅の利益を現物給与として評価し、報酬に算入することがあります。
このとき、実際の家賃相当額や会社が負担している金額をそのまま用いるのではなく、厚生労働大臣が都道府県ごと・年度ごとに定める現物給与価額をもとに計算します。
住宅については、住居スペースの広さに応じて、1畳(1畳=1.65㎡)あたりの価額を乗じて算出します。
(1)従業員の家賃負担がない場合
従業員が住宅の使用にあたって費用を負担していない場合は、現物給与価額の全額を報酬に算入します。たとえば、東京都に所在する事業場で、住居スペースが30㎡の住宅を貸与している場合は、次のように計算します。
例)30㎡の現物給与価額の計算方法(東京都)
厚生労働大臣が定める1畳あたりの価額:2,830円 住居スペースの広さ:30㎡ ÷ 1.65㎡ = 約18.18畳
現物給与価額:18.18畳 × 2,830円 = 51,454円(1円未満切り捨て)
この場合、51,454円が住宅の現物給与価額となり、1か月の報酬額に加算して標準報酬月額を算定することになります。
なお、ここでいう住居スペースは、実際に居住の用に供する部分を対象とします。そのため、玄関、台所(炊事場)、トイレ、浴室、廊下などは含めずに広さを測る取扱いです。
※健康保険組合では、規約により現物給与の価額について別段の定めをしている場合があります。

(2)従業員が費用を負担している場合
従業員が住宅の費用を一部負担している場合は、上記の方法で算出した現物給与価額から、従業員本人の負担額を差し引いた額を現物給与として扱います。たとえば、上記と同じ住宅について、従業員が月30,000円を負担している場合は、次のようになります。
例)従業員が住宅費として30,000円負担する場合
- 従業員負担がない場合の現物給与価額:51,454円
- 従業員負担額:30,000円
- 差し引き後の現物給与価額:21,454円
この場合、21,454円を報酬月額に加算して標準報酬月額を算定します。
一方で、従業員の負担額が現物給与価額を上回る場合には、現物給与として算入する額はありません。たとえば、従業員が月52,000円を負担している場合は、
例)従業員が住宅費として52,000円負担している場合
- 現物給与価額:51,454円
- 従業員負担額:52,000円
- 差し引き後:0円
となるため、住宅について社会保険の対象となる現物給与額は0円となります。
つまり、社会保険における住宅の現物給与は、
会社が住宅を貸与しているかどうかだけでなく、
従業員がどの程度費用を負担しているかによっても、報酬への算入額が変わるということです。
社会保険における現物給与 ➋ 食事の支給
社会保険では、社内食堂で従業員が安価に食事を利用できる場合や、弁当・食券などを支給する場合も、一定の条件のもとで現物給与として報酬に算入します。
食事の現物給与価額についても、住宅と同様に、厚生労働大臣が都道府県ごと・年度ごとに定める価額をもとに金銭に換算して取り扱います。

(1)従業員の負担がない場合
従業員が食事代を負担していない場合は、厚生労働大臣が定める価額がそのまま現物給与額となります。
たとえば、東京都の事業場では、1か月あたりの食事の現物給与価額は23,400円です。
この場合、23,400円を報酬月額に加算して標準報酬月額を算定します。
(2)従業員の負担が現物給与価額の3分の2未満である場合
従業員が食事代を一部負担している場合でも、その負担額が現物給与価額の3分の2に満たないときは、現物給与価額から従業員負担額を差し引いた額を報酬に算入します。たとえば、東京都の事業場で、
- 1か月あたりの現物給与価額:23,400円
- 従業員が負担する食事代:10,000円
である場合、23,400円の3分の2は15,600円です。
このケースでは従業員負担額が3分の2未満であるため、
23,400円 − 10,000円 = 13,400円
となり、13,400円が現物給与額として報酬月額に加算されます。
(3)従業員が現物給与価額の3分の2以上を負担している場合
一方で、従業員が負担する食事代が現物給与価額の3分の2以上である場合は、食事の供与がなかったものとして取り扱われます。
たとえば、東京都の事業場では1か月あたりの現物給与価額が23,400円ですので、従業員の負担額が15,600円以上であれば、食事について現物給与額は生じないことになります。
この場合、給与総額が30万円(基本給のみ・諸手当なし)であれば、食事に関する現物給与の加算はなく、報酬月額は30万円のままとして標準報酬月額を算定します。
つまり、食事の支給については、
- 会社がいくらで評価される食事を提供しているか
- 従業員がそのうちいくらを負担しているか
によって、報酬への算入の有無や金額が変わります。
単に「一部自己負担があるから対象外」と考えるのではなく、現物給与価額の3分の2という基準を確認しながら判断することが大切です。
現物給与の支給を検討する場合の留意点
現物給与は、福利厚生の一環として導入しやすい反面、給与計算や社会保険・労働保険の取扱いまで含めて整理しておかないと、後から思わぬズレが生じることがあります。
導入や見直しを検討する際は、次のような点を確認しておきたいところです。
(1)現物給与価格は勤務地による価額で計算します
社会保険における現物給与価額は、実際の生活実態に即した価額を反映するため、勤務先の事業場が所在する都道府県の価額を用いて計算します。
たとえば住宅の現物給与価額であれば、同じ広さの住居であっても、福岡県と東京都では1畳あたりの価額が異なります。
また、勤務地と実際に住宅が所在する都道府県が異なる場合でも、原則として勤務地のある都道府県の価額を適用します。
そのため、本社と支店で勤務地が異なる場合や、勤務地と居住地が別の都道府県にまたがる場合には、どの価額表を使うのかを確認しておくことが大切です。
(2)「被保険者報酬月額変更届」が必要になる場合があります
現物給与の支給を新たに始める場合や、現物給与価額が変わる場合、社会保険では固定的賃金の変動として扱われることがあります。
そのため、支給開始や改定後の報酬月額をもとに確認した結果、一定の要件を満たすときは、被保険者報酬月額変更届(随時改定) の提出が必要になる場合があります。
つまり、現物給与は「福利厚生を始めた」というだけで終わる話ではなく、標準報酬月額や保険料にも影響し得るということです。
食事や住宅の提供を始めたとき、あるいは価額改定があったときには、給与計算への反映だけでなく、月額変更届の要否もあわせて確認しておきたいところです。
(3)社内ルールや実際の運用をそろえておくことが大切です
現物給与については、
- 何を支給・貸与するのか
- 従業員にいくら負担してもらうのか
- どのように給与や報酬へ反映するのか
といった点が曖昧なまま運用されていることがあります。
たとえば、社宅の本人負担額が明確でない、食事補助の条件が従業員ごとに違う、給与明細や社会保険の処理と社内ルールが一致していない、といった状態では、後になって説明や修正が必要になることがあります。
そのため食事補助などを「福利厚生として導入する」だけではなく、規程や社内ルール、給与計算、保険手続きまで含めて整えておくことが大切です。
(4)従業員のニーズや実態に合っているかも確認したいところです
住宅や食事の提供は、従業員にとってメリットがある一方で、実際のニーズに合っていないと利用されにくく、会社側の管理負担だけが増えることもあります。
そのため、制度として導入する場合には、
- 従業員にとって利用しやすい内容か
- 実際の勤務実態や生活実態に合っているか
- 継続的に管理できる運用になっているか
なども確認しておきたいところです。
おわりに
現物給与は、導入するときよりも、導入後の運用でズレが生じやすいテーマです。
住宅や食事の提供を行っている場合、本人負担額の設定、給与計算への反映、社会保険の取扱い、月額変更届の確認などがそれぞれ別々に動いていると、後になって説明や修正が必要になることがあります。
特に、福利厚生として始めたつもりでも、給与計算や保険手続きとのつながりが整理されていないまま運用されているケースは少なくありません。
そのため、現物給与については、「何を支給しているか」だけでなく、どのように計算し、どのように手続きへ反映しているかまで確認しておきたいところです。
現物給与の取扱いを、給与計算や社会保険の実務とあわせて整理したい場合は、給与計算代行ページや労務顧問ページもあわせてご覧ください。