はじめに
賃金は、労働基準法第11条で「賃金、給料、手当、賞与その他名称のいかんを問わず、労働の対償として事業主が労働者に支払うもの」と定められています。労働者が任意的・恩恵的に与えられるものや実費弁償は「労働の対償」ではありませんので賃金には該当しませんが、労働の対象であれば通貨で支払わなければならず、原則として現物支給は認められていません。ただし、労働組合がある企業で労働協約を締結することなどによって、例外的に認められるケースもあります(例:通勤手当として通勤定期券を交付、社宅や寮の貸与や食事など)。
労働保険や社会保険においても現物給与に関する規定があり、食事や住居で支払われる報酬については厚生労働大臣が都道府県ごとに定めた価格をもとに金銭に換算し保険料の算出対象とします。ただし、現物給与の一定割合以上を労働者が負担する場合は、現物給与が支払われなかったものとみなし、労働保険や社会保険の対象外となります。この場合の基準は、労働保険と社会保険で異なる部分がありますので、今回の記事ではその違いについてご説明いたします。
労働保険における現物給与
(1)住居が現物給与として労働保険の対象になる場合
- 住居施設が供与されない労働者に対して住宅手当が一律に支給されている場合
- 労働者が負担する金額が実際費用の3分の1を下回っている場合(※1)
※1:実際費用の3分の1に相当する額-徴収金額=賃金として労働保険料の対象になる
(2)食事の提供が現物給与として労働保険の対象になる場合
- 住込の労働者に対し、常態として1日2食以上の食事が提供される場合
- 上記以外で下記の①~③いずれにも該当しない場合
① 給食によって賃金の減額がないこと
② 労働協約や就業規則などに定められた労働条件として明確な内容になっていない(※2)
③ 給食による客観的評価額が社会通念上僅少なものと認められる場合(※3)
※2: 労働者に食事を供与することが明示・明記していないこと
※3:評価額が1食200円などのように一般的な1食の価格よりも著しく低い場合など
社会保険における現物給与 ➊ 住宅(社宅や寮など)の貸与
住宅の家賃相当額等をそのまま現物給与として取り扱うのではなく、居住スペースの広さに対し、1畳(1畳=1.65㎡)あたりの価格として都道府県ごと・年度毎に、厚生労働大臣が定める価格を乗じて算出します。
(1)従業員の家賃負担がない場合
例)30㎡の現物給与価額の計算方法(東京都)
厚生労働大臣が定める1畳(1畳=1.65㎡)あたりの価格:2,830円
住居スペースの広さ30㎡ ÷ 1.65㎡ × 2,830円(畳1畳につき) = 51,454.5454(1円未満の端数は切り捨て) ≒ 51,454円
51,454円が現物給与を通貨に換算した額であり、1ヶ月の報酬額に51,454円を加算した金額をもとに標準報酬月額を算定します。
月の給与が基本給300,000円(諸手当は無し)の場合、51,454円を加えた351,454円で標準報酬月額を算定すると、東京都の場合1ヶ月の健康保険料は35,928円、介護保険料5,760円(40歳以上の被保険者が対象)、厚生年金保険料65,880円。労使でこの保険料額を折半して納めることになります。
なお、居住スペースは、居住用の部屋を対象としますので、玄関、台所(炊事場)、トイレ、浴室、廊下などは除いて広さを測ります。
※健保組合では、現物給与の価額について、規約により別段の定めをしている場合があります。
(2)労働者が費用を負担する場合
従業員が住宅の費用を負担している場合は、現物給与として算定した金額から従業員が負担している金額を控除して現物給与額を算出します。
例)従業員が住宅費として30,000円負担する場合
給与総額:30万(基本給のみ・諸手当なし)
現物給与の価格:従業員負担がない場合の現物給与51,454円-従業員負担額30,000円=21,454円
21,454円が社会保険の対象となる価格であり、報酬月額=30万+21,454円=321,454円←この額で標準報酬月額が決定されます。東京都の場合、1ヶ月の健康保険料は31,936円、介護保険料5,120円(40歳以上の被保険者が対象)、厚生年金保険料58,560円となり、労使でこの保険料額を折半して納めることになります。
例)従業員が住宅費として52,000円負担している場合
給与総額:30万(基本給のみ・諸手当なし)
現物給与の価格:従業員負担がない場合の現物給与51,454円 - 従業員負担額52,000円 = マイナス(0円と評価)
住宅について社会保険の対象となる価格は0円となり、報酬月額は30万円。東京都の場合、1ヶ月の健康保険料は29,940円、介護保険料4,800円(40歳以上の被保険者が対象)、厚生年金保険料54,900円となり、労使でこの保険料額を折半して納めることになります。
社会保険における現物給与 ➋ 食事の支給
社内食堂で従業員が安価で食事ができる場合や、弁当や食券を支給するような場合が現物給与にあたります。食事支給の価額の計算についても都道府県ごと・年度ごとに、厚生労働大臣が定める価額をもとに金銭に換算して報酬に算入することになります。
(1)労働者の負担がない場合
厚生労働省が発表している現物給与の価格表の額がそのまま現物給与額となります。例えば、東京都の事業場では1ヶ月あたりの現物給与価格は、上限23,400円となります。
他方で、従業員が弁当にかかる費用を負担している場合は、その負担額の割合によって通貨換算の方法が異なります。
(2)労働者の負担が現物給与価額の3分の2未満である場合
従業員が負担する金額が現物給与価額の3分の2未満である場合、現物給与額から労働者が負担する額を控除した価格が現物給与価額となります。
(例)
1ヶ月あたりの現物給与価格(東京都):23,400円・・・(A)
従業員が負担する1カ月当たりの食事代:10,000円・・・(B)
現物給与価格(23,400円)の3分の2:15,600円
現物給与価額(A-B)=13,400円
現物給与価額は13,100円となり、これを報酬月額に加算しますので、給与総額30万(基本給のみ・諸手当なし)の場合は報酬月額313,400円となります。
(3)労働者が現物給与価額の3分の2以上を負担する場合
従業員が負担する金額が現物給与価額の3分の2以上である場合、食事の供与がなかったものとして取り扱われます。東京都に所在する事業所の場合は、従業員の1ヶ月の負担額が15,600円以上だと報酬額への参入なし、つまり給与総額30万(基本給のみ・諸手当なし)の場合は報酬月額30万のままとして標準報酬月額を算定します。
現物給与の支給を検討する場合の留意点
(1)現物給与価格は勤務地による価額で計算します
現物給与の価額は本来、生活実態に即した価額が反映されることが適当であり、勤務先の事業場(本社・支店等)のそれぞれが所在する地域の価額が適用されます。住宅の現物価格給与を例にすると、福岡県・1畳あたり1,430円、東京・1畳あたり2,830円として計算します。また、勤務地と住宅が所在する都道府県が異なる場合にも、勤務地がある都道府県の価格を適用します。
(2)「被保険者報酬月額変更届」が必要になる場合があります
現物給与の支給を始める場合、社会保険では固定的な賃金が変動したものとみなされます。支給を始めるときや、支給額を上昇させるときに、標準報酬月額の等級に2等級以上の差が生じた場合は、月額変更届の提出が必要です。
(3)従業員ニーズ
住宅や食事の供与においては、従業員の実際のニーズに応えることが重要です。従業員のライフスタイルや個々のニーズにはどんなものがあるか把握することをおすすめします。
おわりに
労働保険や社会保険の対象に含めるべき現物給与を含まずに算定してしまうと、後から遡って保険料を徴収されることがあります。また、労働者に対する保険給付は、保険料の算定対象となる賃金額に応じて支給額が決定されますので、現物給与の価格によっては、健康保険から支給される傷病手当金や出産手当金、雇用保険から支給される育児休業給付金などが低額になることもあり得ます。
なお、今回の記事では、現物給与と社会保険の算定の関係について記載しておりますが、税務上の取り扱いに関しては、社会保険関係法令とは異なりますので税理士の先生や国税庁からのアドバイスをもとに導入・運用ください。
福利厚生の設計や管理に関するご質問やお悩みがありましたら、当事務所までお気軽にご相談ください。
※本記事は、全国現物給与価額一覧表(令和6年4月)に基づいて作成しています。例年、3月上旬には翌年度の4月1日から適用される現物給与の価額が厚生労働省から発表されております。現物給与の導入・管理に際しては最新の発表をご確認下さい。