企業に適用される社会保険の被保険者資格要件についての法改正は、過去にも将来にも度々行われ、その都度、企業の皆様は、社会保険の被扶養者範囲内での勤務を希望する従業員の勤務条件を再点検なさっていると思います。他方で、雇用形態にかかわらず均等・均衡な待遇を確保して従業員に仕事をしてもらうことも重要です。今回の記事では、経営者・人事担当が、従業員の労働条件を決めるにあたり、何を把握し、何を行うと良いかについてお知らせします。
まず、社会保険の被扶養者要件を確認しましょう
被扶養者となる要件には、(1)収入要件(2)同一世帯の条件 があります。
年間収入130万円未満(60歳以上または障害者の場合は、年間収入180万円未満)
かつ
- 同居の場合 収入が扶養者(被保険者)の収入の半分未満
- 別居の場合 収入が扶養者(被保険者)からの仕送り額未満
被扶養者の年間(12ヶ月間)の総収入が、130万未満となる見込みであることが社会保険被扶養者の収入要件のひとつです。中途入社や年の途中に育児休業等から復職する方についても、勤務開始月から12月までの総収入の見込み額ではなく、勤務開始月以降の12ヶ月間に得る総収入の見込額が130万未満であることを意味します。また、勤務日数・所定労働時間・時給などの諸条件が変更になったときは、その時点から12ヶ月間に得る総収入見込額によって判断します。
社会保険上の被扶養者として認められる方は、基本的に被保険者(扶養する人)と配偶者の第3親等まで、もしくは事実婚など同一生計の事実がある方です。被保険者の直系の父母・祖父母・曾祖父母・兄弟姉妹・配偶者・子・孫は、被保険者の収入によって生計を維持されていれば、同居しているかどうかは問われません。
- 被保険者と同居している必要がない方
配偶者、子、孫および兄弟姉妹、父母、祖父母などの直系尊属
- 被保険者と同居していることが必要な方
上記以外の3親等内の親族(伯叔父母、甥姪とその配偶者など)、内縁関係の配偶者の父母および子(当該配偶者の死後、引き続き同居する場合を含む)
勤務先の企業で被保険者となるパート・アルバイト勤務の方
まず、パート・アルバイトで働く方の1週間の所定労働時間および1カ月の所定労働日数が、同じ事業所で同様の業務に従事している通常の労働者の4分の3以上であれば、お勤め先の企業の社会保険被保険者となります(※)。
日本年金機構:適用事業所と被保険者
ただし、パート・アルバイトで働く方の社会保険被保険適用範囲は、法改正により段階的に拡大されていて、下図に示されているように、企業規模ごとに一部のパート・アルバイトの方の社会保険加入義務化が進んでいます。
厚労省:配偶者の扶養の範囲内でお勤めのみなさまへ
パート・アルバイトで働く方は、お勤め先の被保険者要件を満たすと自らが被保険者となり、ご家族の方等(被保険者)の社会保険被扶養者になることはありません。
※
4分の3以上となる方であっても、日々雇い入れられる方、2カ月以内の期間を定めて使用される人(※1)、所在地が一定しない事業所に使用される方、季節的業務(4カ月以内)に使用される人(※2)、臨時的事業の事業所(6カ月以内)に使用される方(※2)は被保険者にはなりません。
※1:当初の雇用期間が2カ月以内であっても、過去に当該期間を超えて雇用された方がいる場合などは、2ヶ月を超えて雇用されることが見込まれるものとして、入社当初から被保険者となります。
※2:継続して4カ月(6ヶ月)を超える予定で使用される場合は、当初から被保険者となります。
経営者・人事担当者のお悩み
正社員の賃金をアップさせたので、同一労働同一賃金の対応で、パートの時給もアップしたい。時給額を高くしておいた方が、求人票を出すときにもインパクトがある。
企業にとって、同一労働同一賃金にかかわる法的なリスクをなくして待遇の合理性・納得性を高めることは、人材の定着や業務の明確化・生産性の向上のために重要な課題です。ただし、労働契約は、従業員との合意によって成り立つため、従業員の意思を尊重しつつ自社の勤務環境との最適解を見つけていくことになります。
1.自社の社保対象者の把握
自社で働くパート・アルバイトの方に保険が適用されるかを確認しましょう。下記の順に確認すると要領よく把握することができます。
- いわゆる「4分の3」要件を満たすパート・アルバイトの方に該当するかどうか
上記に記載した4分の3要件を満たす場合は、企業規模を問わず、自社の社会保険被保険者となります。
- 適用拡大により被保険者になる対象者かどうか
「フルタイム勤務者」と「4分の3要件による被保険者」の合計数を調べる
合計人数が、101人以上である場合、下記の全てを満たすパート[・アルバイト勤務者の方も、自社の社会保険被保険者となります。
・週所定労働時間数が20時間以上
・月額賃金が8.8万円以上(残業代・通勤費を含まない)
・2ヶ月を超える雇用の見込みがある
・学生ではない
2024年10月以降は、法改正により、上記「101人以上」が「51人以上」となる予定です。
2.時給額や業務の検討
企業が求人対策や、正社員との均衡均等な待遇を確保する等の目的で、パート・アルバイト勤務者の賃金を上昇させると、社会保険の被扶養者範囲内の要件を満たさなくなってしまうことがあります。パート・アルバイト勤務者が、社会保険の被扶養範囲内で働くために、所定労働時間や所定労働日数を少なくして働きたいなどの勤務条件変更を申出る可能もあります。対象者との協議を行う前に話し合う事項を整理しておきましょう。
- 時給額をいくらに設定するか
- 従来の所定労働時間、所定勤務日数で働く場合の賃金額(月額)
- 扶養範囲の勤務の場合の週所定労働時間、出勤日数の算出
- 雇用保険被保険者要件(週所定20時間以上勤務など)を満たすか
3.従業員との協議と調整(1)
経営者とパート従業員との間でコミュニケーションを図り、互いの要望や制約を共有し合うことが重要です。パート・アルバイト勤務者が社会保険の扶養範囲内で働きたいのかどうかや、その理由・要望をよく理解し、それに対して適切な対応策を協議しましょう。まずは、以下の事項について、本人の意向をまとめてほしい旨を伝えましょう。
- 社会保険被保険者範囲で働くことを希望するかどうか
- 希望する勤務日数、時間、賃金額
- 雇用保険の被保険者要件(週所定20時間以上など)
4.従業員との協議と調整(2)
配偶者の非扶養範囲内で働くことを条件に、配偶者の勤め先企業から被扶養者手当が支給されている場合もあります。そのため、配偶者のお勤め先企業が、被扶養者手当の支給要件を、就業規則等でどのように定めているか等を調べるなどして、家計の収入に影響する事情を家族で話し合うことがあります。企業は、1回目の協議と調整のあと、まずはパート・アルバイト勤務者に勤務条件を検討してもらい、2回目の協議と調整により、勤務条件を定めることが重要です。
5.待遇の最終決定
従業員と雇用条件について合意したら、労働条件を明示します。対象者が、扶養範囲内勤務を希望していて、年間収入を130万未満とするために時給を上昇させることができないこともあると思います。企業が雇用している正社員とパート・アルバイト勤務者の均衡均等な待遇を図れるよう、自社の業務を見渡し、正社員がやるべき仕事、契約社員にしてほしい仕事を明確にしておくことで、トラブル発生を未然に防ぐなどして、勤務環境を整備しましょう。
おわりに
社会保険の制度は、法改正が度々行われており、企業は、自社の労働者の資格要件を把握したうえで勤務条件を設定する必要があります。社会保険の被保険者資格については、現在、日本政府がいわゆる「厚生年金ハーフ」について検討しているようです。企業が、社会保険制度に関する法改正に即した労務管理を行うのはもちろんのこと、同一労働同一賃金の原則に対してリスクを回避するためには、適切な対応策を取る必要があります。具体的には、賃金体系の見直しや改善、公平な評価制度の導入、労働条件の整備などが考えられます。
また、これらの法的な規制に従いながら、労働者とのコミュニケーションや協議を重視し、不公平感や不満を解消する努力も重要です。