はじめに
2024年10月から、厚生年金保険の被保険者数が51人以上の事業所で働くパート・アルバイトスタッフにも、社会保険の適用範囲が拡大されます。この変更により、一定の労働条件を満たすパートやアルバイト従業員も、健康保険や厚生年金保険の被保険者となり、企業と従業員で折半して保険料を負担することになります。
このため、手取りが減少することを避けるために労働日数や時間を減らそうとする「就業調整」を考える従業員も出てくる可能性があります。企業としては、必要な労働力の確保とこの調整をどうバランスさせるかが課題となります。
この記事では、2024年10月に施行される社会保険の適用拡大と、企業が従業員の保険料負担を軽減できる「社会保険適用促進手当」について簡単にご説明いたします。労使の最適なバランスを検討する際の参考になれば幸いです。
社会保険の適用拡大とは?
これまで社会保険の対象外であったパートやアルバイトのうち、一定条件を満たす場合、健康保険や厚生年金に加入する必要があります。対象となる条件は、例えば週20時間以上の勤務や月の賃金が88,000円以上であることなどです。これにより、新たに保険料の負担が発生します。
社会保険適用促進手当とは?
企業が従業員の社会保険料の一部または全額を負担した場合、一定の要件を満たすことで、その額を標準報酬月額や標準賞与額の算定対象から除外できる制度があります。社会保険適用促進手当とは、この場合に企業が従業員に支給する手当のことをいいます。この制度を利用することで、企業が従業員の保険料負担を軽減しつつ、社会保険料の算定基礎からその額を外すことができます。
例として、基本給8.8万円に社会保険適用促進手当を支給している場合、基本給は保険料の算定対象となりますが、手当部分は要件を満たすことで除外されます。このように、総支給額から特定の手当を除外することが可能になります。
例:基本給と社会保険適用促進手当を支給している場合※残業0時間
総支給=基本給(8.8万円)+社会保険適用促進手当(●円)
基本給8.8万円 → 社会保険料の算定対象
社会保険適用促進手当●万円 → 保険料算定の算定から除外される要件を満たせば算定対象外となる
↓
総支給額ではなく社会保険適用促進手当を除いた支給額(この場合基本給の額)を保険料の算定対象にできる
社会保険料算定の除外要件
社会保険適用促進手当を除外対象とするためには、以下の要件を満たす必要があります。従業員が負担する保険料を事業主が負担すれば、どのような場合であっても標準報酬月額・ 標準賞与額の算定対象から外すことができるのではありませんので、要件をよく確認しておくことが重要です。
標準報酬月額・ 標準賞与額の算定対象外にできる対象者は?
- 標準報酬月額が10.4万円以下の方が対象となります。
- 支給対象者は特定適用事業所(※)に勤務する短時間労働者に限られません。
- 同一事業所内で同じ条件で働く、すでに社会保険に加入している他の従業員にも、同水準の手当が支給される場合は同様に適用されます。
※厚生年金保険の被保険者数が常時 101 人以上(令和6年 10 月からは常時 51 人以上)の事業所のことをいいます。
報酬から除外する手当の上限額はある?
- 除外できる額には上限があります。上限の額を超える場合は、全額を除外することはできません。
- 社会保険適用に伴い新たに発生した従業員負担分の保険料相当額を上限として、保険料算定の基礎となる標準報酬月額・ 標準賞与額の算定対象外とします。
- 上限額を超えて社会保険適用促進手当を支給する場合、超過分は保険料の算定対象となります。
保険料の算定基礎となる標準報酬月額・ 標準賞与額から除外される期間に制限はある?
- 除外できる額には上限があります。上限の額を超える場合は、全額を除外することはできません。
- 手当は、各従業員について最大2年間、標準報酬月額や標準賞与額の算定から除外されます。この期間は、手当の支給が開始された月から計算されます。
- 各労働者について2年が経過した後は、通常の手当と同様に標準報酬月額・標準賞与額の算定に含めることとなります。
社会保険適用促進手当導入にあたってのご留意事項
この制度を利用するにあたっては、以下の事項についてもご留意下さい。
就業規則で自社の支給基準を明確に
社会保険適用促進手当は、政府から支給されるものではなく、企業が労働者負担分の社会保険料を負担しなければならないという規定はありません。社会保険適用促進手当は企業の裁量に委ねられており、対象者や企業が補助する金額、支給時期などについて自社の状況を考慮した内容を検討して企業ごとに設定することが極めて重要です。
なお、常時10人以上の労働者を使用する事業場の場合は、賃金(臨時の賃金等を除く)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項、臨時の賃金等の定めをする場合は、その支給条件、 支給額の計算方法、支払期日等を就業規則に定めて、労働基準監督署へ届け出ることが必要です(労働基準法第89条)。
労働保険料の対象
社会保険適用促進手当を、保険料の算定対象に含めない取扱いは、社会保険料負担の発生等による手取り収入の減少を理由として就業調整が行われることに対応した時限の制度です。そのため労災保険料や雇用保険料を算出する場合の計算対象となります。労働保険料の年度更新や、給与ソフトへ社会保険適用促進手当を登録する際の雇用保険・労働保険の算出対象に含めて計算する設定が必要です。
割増賃金との関係
従業員が時間外労働や深夜労働、休日労働などをした時間数に対しては、労働基準法第37条に定められた割増賃金を支払う必要があります。ただし、①家族手当、②通勤手当、③別居手当、④子女 教育手当、⑤住宅手当、⑥臨時に支払われた賃金、⑦1か月を超える期間ごとに支払われる賃金については、割増賃金の計算対象に算入しないこととされており、社会保険適用促進手当の支給時期により適切に判断して割増賃金を計算して従業員に支払うこととなります。そのため、割増賃金との関係では、社会保険適用促進手当の支給タイミングに応じて下記の対応となります。
- 社会保険適用促進手当が毎月支払われる場合:上記①~⑤に該当しないため、社会保険適用促進手当を割増賃金の算定対象となります。
- 社会保険適用促進手当が臨時や1か月を超える期間ごとに支払われる場合:割増賃金の算定基礎には算入されない。
最低賃金との関係
最低賃金の対象となるのは毎月決まって支払われる基本的な賃金です。従業員に支払う賃金が、最低賃金以上となっているかを確かめる際は、実際に支払われる賃金から以下の賃金を除外して計算することとなります。
①家族手当、②通勤手当、③精皆勤手当、④ 臨時に支払われた賃金、⑤1か月を超える期間ごとに支払われる賃金、⑥割増賃金は、参入しないこととされています。そのため、最低賃金との関係では、社会保険適用促進手当の支給タイミングに応じて下記の対応となります。
- 社会保険適用促進手当が毎月支払われる場合:上記①~⑥に該当しないため、最低賃金以上となっているかどうかを確認するときには、社会保険適用促進手当を含めて計算する。
- 社会保険適用促進手当が臨時や1か月を超える期間ごとに支払われる場合:最低賃金の計算に含めない。
おわりに
2024年10月からの社会保険の適用拡大と、地域別最低賃金の改正により、改めて労働力の確保と保険料負担のバランスについて考えることが求められます。社会保険適用促進手当を導入する場合には、支給する対象者の範囲をどう設定するか、従業員負担分の全額を負担するのか一部とするのか、毎月支給するか又は複数月分をまとめて支給するか、各労働者について最大2年の社会保険料の算定対象から外す措置が終了したときに社会保険適用促進手当の支給自体を継続するかどうかなども検討することが重要です。社会保険適用促進手当を活用し、効率的に人材を確保しつつ、負担軽減を図ることが重要です。自社に合った制度設計と生産性向上へ向け、今後の運用計画を立てることをお勧めします。