はじめに
令和8年4月1日から、労働施策総合推進法の改正に伴い、「治療と仕事の両立支援」が、事業所規模を問わず、すべての事業主にとって努力義務となります。
このたびの改正の背景には、働きながら治療を続ける労働者の増加があります。
厚労省の統計によれば、令和6年には就業者の約4割が、何らかの疾患で通院しながら働いているとされています。一方で、別の統計では、疾病を理由に退職した人のうち、4人に1人が診断確定の段階で退職していることが示されており、治療が本格化する前に離職してしまう背景には、職場の理解不足や環境整備の遅れなど、両立を難しくする要因があると考えられています。
労働人口の減少や高齢化が進む中、企業には、治療に向き合う労働者が能力を発揮し続けられる環境づくりが、これまで以上に求められています。 本記事では、令和8年2月10日に公表された厚生労働省のガイドラインや関連資料を踏まえ、中小企業が実務として押さえておきたいポイントを整理します。

治療と仕事の両立支援に関する法令上の位置づけ
今回の「治療と仕事の両立支援」の努力義務化は、労働施策総合推進法(いわゆる働き方改革関連法)の改正に基づくものです。
同法では、病気やけがなどにより治療を受けながら働く労働者について、企業が一定の配慮と体制整備に努めるべきことが定められています。
具体的には、労働施策総合推進法第27条の3において、事業主は、疾病や負傷により治療を受ける労働者について、就業によって症状が悪化することを防ぎ、治療と仕事の両立を支援するため、労働者からの相談に応じる体制の整備や、必要な措置を講ずるよう努めなければならないとされています。
<労働施策総合推進法第27条の3 >
事業主は、疾病、負傷その他の理由により治療を受ける労働者について、就業によって疾病又は負傷の症状が増悪すること等を防止し、その治療と就業との両立を支援するため、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を講ずるよう努めなければならない。
この法令上の定めを踏まえ、厚生労働省からは、令和8年2月10日付で「治療と就業の両立支援指針(ガイドライン)」が公表されました。
ガイドラインでは、病気を抱える労働者が治療を続けながら安心して働くことができるよう、事業主に求められる考え方や具体的な対応の方向性が整理されています。
治療と就業の両立にあたって事業主に求められる環境整備
治療と仕事の両立支援を実効性あるものとするためには、個別の対応以前に、支援を行うための土台づくり(環境整備)が重要です。 令和8年2月公表のガイドラインでは、事業主に求められる環境整備として、主に次の4点が示されています。
1.事業主による基本方針の表明等と労働者への周知
まず求められるのは、企業として「治療と仕事の両立をどのように考えるのか」という基本方針を明確にすることです。 あわせて、具体的な対応方法や事業場内のルールを整理し、すべての労働者に周知します。方針を明確にすることで、両立支援の必要性や意義が社内で共有され、治療を理由に周囲との関係で働きづらい思いをさせない職場環境づくり、ひいては治療と就業を両立しやすい職場風土の醸成につながります。
2.相談窓口と個人情報取り扱いについての明確化
ガイドラインでは、治療と仕事の両立支援は原則として労働者からの申し出により開始されるとされています。
そのため、疾病の治療が必要になった場合に、「誰に相談すればよいのか」「どのような流れで対応するのか」をあらかじめ明確にしておくことが必要です。 また、疾病や治療に関する情報は極めて慎重に扱うべき個人情報です。相談窓口の設置とあわせて、個人情報の取扱方針を整理し、社内に周知しておくことが求められます。
3.治療と就業の両立支援に関する制度、体制等の整備
治療を続けながら働くためには、通院や体調に配慮した働き方の調整が必要になる場合があります。 ガイドラインでは、事業所の実情に応じた制度として、次のような選択肢が示されています。
- 時間単位の年次有給休暇
- 傷病休暇制度
- 短時間勤務制度
- 時差出勤
- テレワーク(在宅勤務)
これらのすべてを導入する必要はありませんが、自社の状況に応じて選択肢を整理しておくことが、実際の支援場面での円滑な対応につながります。
4.研修などによる治療と仕事の両立支援の意識啓発
治療と仕事の両立を支えるためには、制度を整備するだけでなく、それを利用しやすい職場環境をつくることも重要です。 研修などを通じて、当事者だけでなく、同僚や管理職も両立支援の趣旨を理解し、職場全体での理解を深めていくことが求められています。
実際の支援場面を想定して事前に考えておきたいポイント
実際に治療を続けながら就業を継続する場面では、「どこまで働くことが可能なのか」「どのような配慮が必要なのか」といった判断が求められます。
たとえば、「治療をしながら現在の業務を継続できるのか」「どのような柔軟な働き方を選択するのが適切か」「これまで通りの作業内容で差し支えないのか」といった点は、企業だけで判断できるものではありません。労働者の症状や治療状況を踏まえ、主治医や産業医等の意見を求め、その内容に基づいて就業上の措置や治療への配慮を検討することが重要です。そのため、労働者を介して事業場と主治医・産業医等が連携できる体制を整えておくことも、円滑な両立支援のための大切なポイントとなります。

さらに、仕事と治療の両立を無理なく進めるためには、選択した働き方を実際に運用できる制度設計が不可欠です。働く時間や場所を変更する場合のルール、休暇取得に伴う労働時間や賃金の取扱い、会社への報告・連絡の方法などをあらかじめ整理しておくことで、実際に相談があった際にも慌てずに対応できます。制度利用後の毎月の賃金計算や勤怠処理が混乱しないようにしておくことも、実務上は非常に重要です。
まとめ|中小企業がこれからの労働市場を見据えて、いま考えておきたいこと
治療と仕事の両立支援というと、がんなどの重い病気を想像される方も多いかもしれません。
しかし、今回のガイドラインでは、対象となるのは特定の疾病に限られるものではなく、疾病名を限定しないこと、また正社員・パート・契約社員など雇用形態を問わないことが示されています。
つまり、どの企業においても、どの労働者においても起こり得る課題として、両立支援を考える必要があるということです。
少子高齢化の進行により高齢の就労者が増加し、人手不足が続くこれからの労働市場においては、治療と仕事の両立支援を通じて、一人ひとりの状況に応じた働き方を支え、「働き続ける」という選択肢を残せる環境づくりがますます重要になります。
令和8年4月の施行を前に、自社ではどのような取り組みが可能か、どこから整理すべきかを、いま一度確認してみてはいかがでしょうか。
両立支援体制の整備について、具体的な制度設計や運用面での整理をご検討の企業様はご相談ください。
